ベジャールバレエ『ボレロ』他
モーリス・ベジャール・バレエ団 2008 日本公演
2008年6月11日(水)19:00〜
これが死か SERAIT-CE LA MORT?
ジュリアン・ファブロー/カテリーナ・シャルキナ
カトリーヌ・ズアナバール/エリザベット・ロス
カルリーヌ・マリオン
イーゴリと私たち IGOR ET NOUS
シェフ ジル・ロマン
パ・ド・カトル カテリーナ・シャルキナ/カルリーヌ・マリオン
ダリア・イワノワ/エミリー・デルベ
パ・ド・トロワ ティエリー・デバル/ジュリアン・ファブロー
ダフニ・モイアッシ
パ・ド・ドゥ マーティン・ヴェデル/カトリーヌ・ズアナバール
祈りとダンス LA PRIERE ET LA DANSE
ルーミー 男性全員
3つのバラ ルイザ・ディアス=ゴンザレス/エリザベット・ロス
ダリア・イワノワ
炎 ダヴィット・クピンスキー
デュオ カテリーナ・シャルキナ/ジュリアン・ファブロー
ゴレスタン 男性全員
パ・ド・ドゥ ヨハン・クラプソン/アレッサンドロ・スキアッタレッラ
パ・ド・トロワ ジュリアーノ・カルドーネ/エティエンヌ・ベジャール
ニール・ジャンセン/アルトゥール・ルーアルティ
ソロ1 那須野圭右
ソロ2 ドメニコ・ルヴレ
ボレロ BOLERO
カトリーヌ・ズアナバール
男性全員
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「ボレロ」は言うに及ばず。
血が騒ぎます。
「イーゴリと私たち」がなかなかよかった。日本初演のこの作品、ベジャールが生前、部分部分を作っていたものをジル・ロマンが構成を整えて仕上げたんだとか。
イーゴリとはイーゴリ・ストラヴィンスキーのこと。ストラヴィンスキーの肉声(オケとのリハーサル時の指示や修正など)と、彼のバイオリン協奏曲とを組み合わせた音楽。舞台上には白い直線的なライトで造り出した五線譜。ダンサーたちは白か黒のレオタード。
という構成は、やや安直過ぎる気がしないでもないですが。
ストラヴィンスキーの声というのを初めて聞きました。
「1 2、1 2、1 2 3」
「タタタタタタン、タタタタタタン、タンタタン!OK?」
など、オケとリハ中の彼のセリフに合わせて、燕尾服風の衣装を着たジル・ロマンが踊る。あいかわらずのキレのある踊りで、ビュンビュン手足を動かしていました。ちなみにジルは、出てきただけで拍手喝采。さすがスター。さすが現芸術監督。
ここのところベジャールバレエ団は、ジル・ロマンやドンのような、大スターにこと欠いていると思われるのですが、どうでしょう。カリスマ性のあるスターという意味で。
ジル・ロマンは芸術監督なわけですが、当分、自分で踊るのもやめられないですよね。
さておき私にとってストラヴィンスキーというのは、20世紀初頭のバレエ・リュスとの関わりが強烈に印象深い人です。かなり好きな作曲家です。完全に歴史上の人物なわけですが、ベジャールっておそらく、ストラヴィンスキーと会えた世代ですよね。そのことに改めてびっくり。
本当にベジャールは、近代と現代のバレエをつなぐ人だったんだなあと再認識しました。
20世紀のバレエを造ってきたベジャール。
その作品は確かに20世紀の匂いがします(悪い意味ではなく)。
「これが死か」はもちろん昔の名作ですからそうなんですが、「イーゴリと私たち」ですら、なにかどこかしら、コンテンポラリーでない(ダンスのジャンルとしてのコンテではなく、同時代的という意味で)雰囲気があるような気がします。
「祈りとダンス」は、最初の「ルーミー」がよかった。
白いロングスカートのような衣装の、男性群舞の踊りです。
ここでは、ベジャール氏の文言を引用しておきます。
ルーミー、我が兄弟、我らの師:マウラーナ。日ごと我、詩句の間に入り込み、一輪の花を探せば、その花、我が瞑想の香りとなる。だが、人がダンサーであって、ムーヴメントがその存在の本質自身であるとき、実存との融合の内部のバランス、リズム、そして力動的な祈りからいかに離れえようかーそれらは肉体と魂を統合し、不動によって結合を探究するというのに。我踊る、故に我在り。ルーミー、我が兄弟、我らの師:マウラーナ。どうか我を汝のため「旋回する」ままにさせたまえ。
モーリス・ベジャール(2008日本公演プログラムより)
ベジャール亡き後、ベジャールバレエ団はどうしてゆくんでしょうか。
「ベジャールが作品を発表する場としてのカンパニー」
から
「ベジャール先生の意を継ぐ者、薫陶を受けた者たちによるカンパニー」
となっていくんでしょうか。
後者の場合、ベジャール作品以外もやることになるんでしょうか。
時代は流れてゆきますね。